繊細なアーティスト肌の雰囲気を持つ現在の上田さんが、魚捕りに興じていたと聞くと意外だが、実は彼には、格闘技経験もある。
「格闘技というほど大層なものではないですが、小4〜中2まで空手を習っていました。ちょうどその頃、ジャッキー・チェンがブームだったもので(苦笑)。今から思えば、そこでも人間の体の構造とか、ポージングのセンスが養われたかも知れませんね。CGキャラクターにアニメーションをつけるにも、経験があるかないかがけっこう重要なんです」
習い事としては空手を。そして中学校では?
「たしか……美術系のイラスト部とかそういう名前の部活を。いやぁ、ホントによく覚えてないんですよね。実は僕、子供の頃から思春期にかけての思い出の品というのが、全く残ってないんです。実家を改築したことがあって、改築前に、さんざん親から自分の部屋を片づけて引っ越しの準備をしろと言われていたんですが、僕は根っからの面倒くさがりなので、全く片づけをしてなかった。そしたら、ある日、学校から戻ってみると、僕の部屋がキレイになくなってて(笑)。それまでのアルバムも、絵も、つくっていた作品も、僕の部屋にあったモノは全部なくなってしまいました。いい加減な一家ですよね(笑)」
中学で美術系の部活を選んだのは、やはり絵への思いが強かったからなのだろう。高校進学も、美術系の科がある学校を選んでいた。
「中学卒業のギリギリになって、美術に関する高校に行けたらいいなとは思いました。そこからですね、受験の役に立つかと基礎になるデッサンを集中的に始めたのは。でも、高校で美術の専門の勉強ができるところは、兵庫でもひとつくらいしかなくて、結局、近所の工業高校にデザイン科があったので、そこに進学しました。その後の人生も、けっこう、ちゃらんぽらんなんですよ(笑)。だいたいは、“このままじゃいかん!”と思いたってから、進路を決めてるんです」
その行動は、高校卒業のときにも繰り返された。やはり美術系の大学への進学を決めたのは、高校3年生になるとき。しかし……?
「基本的に、工業高校はほとんどの生徒が卒業するとそのまま就職するんですよね。だから、美術系の大学に進学したいと思ってても、どこにどんな学校があるのかもわからなかった。ふつうは、美大に行きたい人は専門の予備校に通ったりするんですが、僕はその情報すら知らなかった。だから受験勉強もまったく独学でした」
そんな上田さんが、進学先に選んだのは大阪芸術大学。卒業生である高校の恩師の薦めで、受験を決意した。ふつうはそこで上京を考えそうなものだが、上田さんはそうしなかった。その理由は?
「うーん。 単純に“東京は遠い”というイメージがあったからですね。上京するという選択肢はまったく考えもしませんでした」 |