ロボットアニメや戦隊物に限らず、ヒーローに憧れる気持ちが強かった横尾さんは、ただ絵の好きなおとなしい女の子ではなかったらしい。もっとも、描いていた絵もヒーロー物だったのだから、そこは推して知るべしか?
「家のまわりがかなり田舎で、自然がいっぱいあったものですから、友達との遊びも野山を駆け回ってばかりでしたね。遊びも全く女の子らしさがなかったです(笑)。絵を描いているとき以外は、ずっと外にいました。だから、小学校に入ると、近所の男の子と一緒に6歳下の弟を子分に従えて(笑)、秘密基地遊びを。アニメの『トム・ソーヤの冒険』に出てくるハックの家とか、『家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ』の無人島に出てくる木の上にある家にすごく憧れていたんです」
もうひとつ、横尾さんの思い出に残る遊びが忍者ごっこ。想像力豊かな遊びに夢中になった。
「忍者にも憧れましたよね(笑)。学研の「ひみつシリーズ」の本が大好きで、その中に『忍術・手品のひみつ』というのがあったんですよ。そこに載ってた訓練法を実際にやってました。背中に長い布をつけて、それが地面に着かないように走ったり、家の裏にあるヤブに松の小さな木が生えていたので、それを毎日飛び越える練習をしてみたり。おばあちゃんが持っていた園芸用の竹の枝を武器に見立てて、投げる訓練もしましたね。敵が来たときのために。野良犬を手下にしようと手なずけることもしてましたね。もちろん敵は襲ってきませんでしたけど(笑)。ほかに覚えているのは、鳥ですね。通学路に1本だけ高い木があって、いつもてっぺんに、鷹みたいな大きな鳥が止まってるんですよ。それがすごくカッコよくて、ひそかに“ジョー”って名前をつけて、ジョーを肩に乗せて歩く妄想をしたり……(笑)。忍者が鷹を飼ってるなんて、カッコいいじゃないですか!」
ところで、その忍者ごっこ。ロボットも絵に描いていたくらいですから、当然?
「もちろん、描く絵にもそれが影響してきますね。赤塚不二夫さんが表紙を描いていた『まんが入門』という本に、白土三平さんの忍者マンガが載っていたので、それを真似して、サスケを大量生産してました(笑)。家の中にも謎の仕掛けをつくりましたね。壁から壁にロープを渡して、何か物をぶらさげて運んで遊んだり。忍者風のカラクリをつくりたかったんですよ。その都度、影響を受けたものをすぐ絵にしたり、物をつくったりという性格は、ずっと変わらないですね」
では、例えばほかに影響を受けたものというと?
「ガンプラもそうですね。弟が『コミックボンボン』を買っていたので、『プラモ狂四郎』の影響ですかね。特に好きだったのは、ガンプラの中でも主流じゃないMSVシリーズ。ちゃんと塗装して、ヨゴシをかけたりして、けっこう本格的につくりました。さすがにジオラマまではつくれなかったので、できたガンプラは外に持っていって、それっぽい場所に置いて写真を撮ってました。プラモ屋のおばちゃんには、“女の子なのにガンプラ好きなんて珍しいね”って言われてましたよ。今でも、シブいMSVシリーズを買ってきて、自宅に飾ってあります。シン・マツナガ大尉機のザクIIとか、好きですね。あとは……鳥山明さんかな。小学校4年生くらいで『Dr.スランプ』がブームになっていて、当時はやっぱりそういう絵を描きました。鳥山明さん風のオリジナルキャラを。気に入ってたのは、アブラムシのキャラですね。オリジナルキャラはほかにも描いてて、4年生でクラスの掲示板委員になったときには、壁新聞で“ガビョウマン”というキャラを展開しました。謎のキャラクターづくりには燃えてましたね。新聞みたいなものを描くのも好きだったんでしょうね。家の近所の沼を探索してて猫の骨を見つけたときは、 “大ニュース! 猫の骨を発見!”みたいな記事を書いて、回覧板にして町内会にまわしてましたから(笑)」
そして横尾さんは、キャラクター単体だけでなく、ストーリーマンガ制作にも挑戦するようになる。
「いちおう(笑)。でも、飽きっぽいので、いつもノートにマンガの表紙と1ページ目だけを描いて、そこから先に進まない。内容はほとんど学園物で、最初のシーンだけはちゃんと描くんです。先生が“今日は転校生が来ている”って言って、教室のドアをガラッと開けて主人公が入ってきて……。そこで、いつも飽きちゃうんですよね(笑)。そんな同じ出だしのノートが、いっぱいたまっちゃいました。主人公が転校してきてばっかり(笑)。壁新聞の“ガビョウマン”も、決めポーズばかりはいっぱい考えたんですけど、結局、ストーリー的な展開はいっさいしないキャラで終わってしまいました」
といいつつも、クラスではその画力がかなり頼りにされていたそうで。
「学校の成績のほうは……主要教科はいたって普通で、運動神経の問題で体育は2(笑)。図画工作だけは5をもらってました。学校の旅行のしおりや、美術関係のイベントがあると、私のところに仕事がまわってきてました」 |