マンガ家とゲームクリエイターになるという具体的な夢は、高校時代に一時リセット。漠然とではあるが、絵に関わる仕事を目指して横尾さんは金沢美術工芸大学に進学した。大学はどんな雰囲気でした?
「いちばんよかったのは、1年遅く金沢美術工芸大学に入れたことですね(笑)。ほかの学年に比べて、私の同級生はすごくハチャメチャな人が多かったんですよ。大学を一度卒業して、海外青年協力隊に行ってからウチの大学に入りなおした人とか、関西からやってきた1浪、2浪した人がいたりして、雰囲気がすごくよかったんです。デザイン科だけに、ちょっと汚い人なんかもいたし(笑)。学校全体も人数が600人くらいしかいないアットホームな感じだし、友達とダムや能登半島にドライブに行ったり、お酒を飲んだり……伸び伸びできましたね」
横尾さんがそこで専攻したのは商業デザイン。同じ科の先輩、同級生が目指すのは、まず広告業界だ。電通、博報堂、資生堂……。だが横尾さんは、大学に通ううちに、広告業界ではなくゲーム会社を就職先の第1志望に決めた。中学時代の夢が再燃したのだ。その動機は?
「キッカケは、軟式テニス部の飲み会でした。当時4年の先輩たちの追い出しコンパで、ひとりの女性の先輩から、ナムコに就職が決まったって聞かされたんです。そのとき、“え? この学校からゲーム会社にも行けるんだ”って気づいて、私も以前から好きなゲームメーカーだったナムコに入ろうと決めました。その先輩は、今もバンダイナムコゲームスで働いていますよ」
その転機が訪れたのが、横尾さんが1年の終わりの頃。そこから横尾さんは、ナムコ入社を目指して、学業の傍ら、積極的な準備を始める。
「まずは、ナムコのことをもっと知ろうと思って、家の近所のショッピングセンターに入っていた子供向けのゲームセンター〈ナムコランド〉でバイトを始めました。高校時代、あまりゲームをしていなかったので、今、どんなゲームがつくられているのかも知らなかったんですよね。まぁ、いちおうナムコ志望でしたけど、そこにはいろんなメーカーのゲームも置かれていたので、就職するならどのメーカーがいいかなぁ、なんて思うところもあって(笑)。でも、やっぱり自分が心を惹かれたのは、ナムコのエレメカでした。いちばん好きだったのは『コズモギャングス』。その頃から、ナムコに入ったらキャラクター物を手がけてみたいと思ってました」
バイト先では、ナムコ社員もゲームの情報を親切にいろいろ教えてくれたという。横尾さんの意志はさらに固まり、大学の授業でも、将来ナムコに入社するための糧になるような作品をつくり続けた。
「学校の課題も、みんなはオシャレでキレイな、いかにも広告っぽい作品を提出してましたけど、自分はちょっとおかしな作品を。課題のテーマを無理矢理ひねって、人を驚かせる仕掛けのついたビックリ箱みたいな物をつくってみたり。どこかオモチャっぽかったり、ゲームっぽかったり、キャラクターっぽい作品ばかり提出してました。ポスターをつくるような課題でも、『コズモギャング・ザ・ビデオ』の広告にしちゃったり(笑)。お金がなかったので、友達にゲームをプレイさせて、私は横でコズモギャングのキャラクターを一生懸命デッサンしてつくったんですよ」 |