そして桐山さんが門を叩いたのが、専門学校のゲームデザイナーのクラス。短大からすぐに就職をせず、もう一度別の学校で勉強をしたいという彼女を、ご両親も温かく見守ってくれた。
「短大の先生には、“就職先ならいろいろ紹介するから”と専門学校行きを反対されましたけど、親は“好きにすればいいよ”って(笑)。でも、いざ専門学校に入ってみたら、すごいカルチャーショックを受けましたね。生徒が男の子ばかりなので、それまでずっと女子校暮らしだった私は、彼らにどう接していいのかもよくわからない。気軽に接しすぎて誤解されたり、逆に、遠ざけすぎて孤立したり。あまりクラスにはなじめなかったので、しばらくは1学年上の先輩に、企画書の書き方やプログラミングのことなどを教えてもらってました。クラスの子たちとは、卒業するくらいになってから仲良くなったんですけどね」
桐山さんは、そこで初めてゲーム業界とゲームづくりの基礎を知る。
「学校で習ったことで、いちばん印象的だったのは、業界の厳しさを知ったことですね。家になかなか帰れないらしい、とか。講師が教えてくれることも、すごく具体的なんですよ。快適に会社に泊まるときは新聞紙を巻いていると暖かいとか、いざとなったら自販機の後ろで暖を取ろうとか(笑)。“いやー、えらいとこを目指しちゃったなー”とは思いましたけど、自分の好きなゲームをつくりたいという夢があったので、ゲーム業界を諦めようとは思いませんでした。もちろん、授業で習ったビジネスマナーやイラストレーターなどのツールの使い方も、その後すごく役にたちましたけど、ゲーム業界には忍耐力が大切だということがわかったのも、専門学校に通ってよかったことのひとつです」
そしていよいよ就職。ところがここで、桐山さんはひとつのカベにぶつかる。
「目指していたのはプランナーなんですが、企画職で採用してくれる会社がものすごく少なくて。去年までプランナーを採ってくれていた大手が、私の年から採用枠がなくなったりして、すごく厳しい状況でした。そこで、企画職を求めている会社ならどこでも、という感じで履歴書を送っていって、いちばん最初に返事をくれたのが、バンプレストだったんです」
桐山さんは、このタイミングを逃すわけにはいかないと、すぐにバンプレストグループの開発会社バンプレソフトへの就職を決めた。ただ、ここでも問題がひとつ。
「この会社は、もともとプランナーではなくプロデューサーを募集していたんです。私は、プランナーもプロデューサーも企画職には変わらないだろうと思って応募していたので、それほどその違いを気にはしてなかったんですけど、入ってみたらやっぱりずいぶん違ってて。まず、新入社員が“プロデューサーです!”って言っても、まわりがついてこないじゃないですか。しかも女だし、それでなくても私は年齢より子供に見られることが多いので、外部のスタッフも“ホントにできんの?”って感じで私を見ていて、存在を認められるまでに時間がかかりましたね」
開発スタッフをまとめ上げるプロデューサーという仕事。現場の経験もなく、若くしてその職を任された桐山さんは、冷たい周囲の視線のなかで、どうやって仕事を進めていったのだろうか。
「まずは、自分の立場を認めるところからですね。もし私がスタッフの側にいたとしても、いきなりやってきた若い人間の言うことなんか、素直に聞けるわけがない。だから“みなさんの思っていることはその通りです、ですが、私はこのゲームはこうあるべきだと考えます”と頑張って主張するところから、少しずつ信頼関係を築いていこうと。でも、時には先輩たちに厳しく言わなきゃならないことも出てくるじゃないですか。そういうときは、上手く頼れる人の力を借りて(笑)。逆に、女がこういう仕事をしているのは珍しいので、得したこともありますよ」
ふつうの人なら萎縮してしまうような現場も数多くあっただろう。だが、小学校で転校を繰り返し、知らない土地でのコミュニケーションに慣れていた桐山さんは、持ち前の明るさと忍耐強さで状況を打破しながら、ゲームをつくることの喜びを肌で体験することとなる。
「いちばんうれしかったのは、『キッズステーション』シリーズで『アンパンマン』のソフトをつくったときですね。ゲームをしながら“あいうえお”を覚えられる内容のタイトルだったんですけど、ソフトを買った人から送られてくる購入者アンケートのなかに、あるお母さんからのハガキがあったんです。お子さんがソフトをとても面白がってくれて、ご主人が家に帰ってきたら駆け寄って“お父さん、これ、できるようになったよ!”と報告するそうなんですよ。そのとき、ご夫婦で“このソフトを買ってよかったね”と話をしたというエピソードが書かれてて、思わずホロリと。ゲームをつくっててよかった、と思いました。特に子供向けのゲームの場合は、開発者は忘れられちゃう存在なんですけど、あと20年経ったとき、“小さいとき『キッズステーション』が大好きでした”という人に出会えるかもしれないと思うとうれしいですよね。人生、ふつうに生きてたら、知り合いになれる人数って野球場いっぱいにも満たないって言われますよね。でも、こういう何かを発信する仕事をしていれば、それ以上の数の人に、驚きや感動を与えることができる。プロデュースというのは、現場の作業とは違ってすごくぼんやりした仕事なので、ユーザーの声を届けてもらったとき、いちばんの喜びを感じますね」 |