こうして、美術系の学校に進学を決意したものの、残念ながら故郷の愛媛県には美術大学が存在しなかった。渡辺さんは必然的に、他県で進学先を探すことになった。
「近隣で美大といえば、有名どころでは大阪芸術大学あたりになるんでしょうが、そういうところは入るのも大変そうだし。ほかを探してみた結果、近隣には美大がなかったため、福岡の九州造形短期大学を受験することにしました。特に九州に憧れていたとか、そういう素敵な理由があったわけでもなかったんですけどね。」
堅実な学校選びも功を奏し、渡辺さんは無事に九州造形短期大学に合格。デザイナーという夢に向かって一歩踏み出した。
「最初に思ったのは“僕には時間がない”ということでした。短大は2年制ですから、デザイナーになる夢を本当に実現させるつもりなら、とにかく時間は無駄にできない。とにかく、ひたすら勉強しましたね。通常の講義が終わった後も毎日、学校のCGルームにひとり居残って作業をしてました。そこで、初めてMacとCGに触れたんです」
そこで、それまでコンピュータに慣れ親しんでいなかった渡辺さんは、初めて体験したCGの世界に驚愕した。
「だって、今まで手を汚しまくって、マスキングをしながらプシューっとエアブラシで描いていた面倒なグラデーションが、マウスをピッと動かすだけでできちゃんですよ! “なんだこりゃー、ありえねぇ!”って思いますよね(笑)。あの衝撃はすごかった。そこから取り憑かれたように、CGツールを使いまくりました。今でこそ簡単に日本語版が手に入りますが、当時はフォトショップも英語版しかなかったので、辞書を片手にマニュアルを解読し、イラストレーターと一緒に必死で使い方を覚えました。その後に触ったのが、ディメンションやストラタなどの3Dツール。それも感動的で。それを使って僕は……やっぱりガンダムをつくりましたね(笑)」
ひび割れた大地が降る雨を吸収するように、渡辺さんは「レンダリングに何日もかかるようなショボいMacを相手に(笑)」、学校に用意されていたCGツールを次々にマスター。いつしか同級生たちも、CGでわからないことがあれば、渡辺さんのところに聞きにくるほど、高いスキルを身につけていた。
「ただ、2年間の短い短大生活は、課題づくりに追われていて、なかなか自分の好きな題材を自由につくれる機会がなかったんです。やっとそのチャンスが巡ってきたのが、卒業制作でした。僕の卒業制作のモチーフは、バレンタインデー。まずは、CGでバレンタインデーのキャンペーン用ポスターを2種類つくろうと思ったんです。ただ、絵のサイズをB全に想定していたので、学校にはそんな大きな作品をスムーズに制作できる環境がないんですよ。そこで、以前から自分の作品をプリントしてもらっていた街の出力センターに、“卒業制作にこういう作品を考えてるんだけど……”と話をしたら、嬉しいことに“それなら、ここにあるMacを使っていいよ”と言ってくれたんです。もちろん、商売で使っているマシンなので、学校のものとは比較にならないくらいのハイスペック。さっそく授業が終わってから、毎日そこに通い詰めて作業をさせてもらって。そのうち、そのお店の人から“ちょっとこの仕事もやってみない?”と言われ、出力センターに依頼されたCG制作のアルバイトをするようにもなりました」
余談ではあるが、短大での2年間。渡辺さんは、学業に直接結びついた出力センターでのアルバイトのほかにも、様々なアルバイトを経験した。その中から、彼の心に残った印象的なものといえば……?
「山崎のパン工場では無の境地に至る経験をし、質屋では日々繰り広げられる人間ドラマを目の当たりにし、引越し屋さんでは様々な家庭環境を垣間見ることができました。どれもデザインには直接関係ないものですが……、非常によい経験を重ねることができたと思います。」
閑話休題。そんなアルバイトにいそしみながら、渡辺さんは順調に課題をこなし、就職の時期を迎える。
「学校は九州でしたが、九州で就職する気も、思い切って上京する気もなかったですね。学校の教授からもいくつか九州の企業を紹介していただいたり、アルバイトをしていた出力センターからも“うちにこないか?”と言われたりはしていたんですが、仕事をするなら愛媛に帰ろうとずっと考えていました。なんとなく、地元でデザイナーができればいいなと。なので、知り合いに愛媛のデザイン事務所を紹介され、特に就職活動をすることもなく田舎に戻って就職しました。でも、この当時の僕は、漠然とデザイナーという職業を志望してはいましたけど、実際に、デザイナーがどんなことをする人なのかはよくわかっていなかった。具体的な仕事を理解したのは、デザイン会社に入ってからの話なんです。自分の思う理想のデザイナー像と現実とのギャップに不安もありましたが、なにしろ全てが新鮮だったので“不安”が好奇心に変わるのにそれほど時間は必要ありませんでしたね。」 |