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僕の仕事はみなさんにソフトを手にしてもらうキッカケづくり。だからこそ、クオリティにこだわるんです。 生守 一行
 

個性的な作品をつくり出す注目のゲームクリエイターに“あなたができるまで”を訊くロングインタビュー企画「THE EARLY DAYS」。11月のゲストは、現在70万本以上の大ヒットとなったPSP大作『クライシス コア -ファイナルファンタジーVII-』を筆頭に、ゲーム内容のみならず、卓越した映像美が世界中から高い評価を受ける『FF』シリーズのCGムービーのディレクションを手がける生守一行さんだ。子供の頃から絵を描く楽しさに魅せられ、深い探究心とRPGへの愛情を育んできた生守さんが歩んできた現在までの道のり、そして今後の抱負は?

取材・文/阿部美香(ライター)
 

小学生時代〜動物を描くことに夢中になる

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 スクウェア・エニックスを代表するRPGシリーズを数々手がけ、CGディレクターとして活躍する生守一行さんが、子供時代の思い出を訊ねられて真っ先に話し出したのは、やはり絵にまつわるエピソード。彼が生まれたのは、東京都羽村市。美しい緑をまだ残す多摩地区の西部に位置するこじんまりとした町だ。

「小学校時代は、いたって普通の子供でした。動物が好きで、絵を描くのが好きだったので、新聞のチラシの裏に、よく動物の模写をしていましたね。動物が好きだから、動物の絵を描きたくなる。そうすると、頭の中で想像していた動物の造形と、実際に見た造形は違うことに気づくんですよ。だから、動物をじっくり観察するじゃないですか。そして“あぁ、カエルの足の関節って、こうなってるんだ”と気づく。その気づいたことを、正確に絵に描いてみないと気が済まなかったんですね(笑)。“うちの犬の足は、こんなところが逆関節になってるんだ”とか。虫の絵を描き出しても、途中で“何か違うなぁ”と思ってカブトムシを裏返して見ると、やっぱり足の生え方が想像してたのと違ってたりするんですよね。それを観察しながら、絵を仕上げてました」

 生守さんの絵のモチーフになったのは、自宅で飼っていた犬やオウム、熱帯魚に、庭に棲むカエルや虫たち。想像上の動物や、トラやライオンなど身近で観察できない動物は描かなかったというから面白い。小学校時代の生守さんにとっては、色鉛筆と紙が、いちばん楽しいオモチャだった。

「家のすぐ横にあった羽村動物公園にもよく通いました。当時は、小学生は無料だったんじゃないかな。お金を払った記憶がないから(笑)。この動物園がまた小さなところで、派手な動物が全くいないんですよ。当時、飼育されていた、いちばん大きな動物がシベリアオオヤマネコ。ヒマさえあれば、そこに行ってました。もともと、親が動物好きでしたから、家にもいろんな動物を飼っていたんですよ。僕の動物好きは、その影響もあるんじゃないですかね。絵については、子供ですから、車を描いてみたりもするんですけど、動物のモチーフだけは飽きずにずっと描き続けていました。残念ながら、チラシに描いてた絵ですから、今では1枚も残ってないですけどね。きっと当時から、僕はエコロジストだったんですよ……ウソですけど(笑)」

 絵以外の趣味は、近くを流れる多摩川での魚釣りやザリガニ釣り。生守さんの小学生時代は、外で遊んでいなければ、ひたすら熱心に絵を描いていたという。だから、テレビの子供向け番組もほとんど観ていなかったと当時を振り返る。

「もしかしたら、その当時、家にはテレビがなかったんじゃないかと思うくらい、テレビの記憶がないんですよね(苦笑)。同年代の男の子が必ず観ているはずの『仮面ライダー』も『ウルトラマン』シリーズも、観た覚えがない。唯一、ちゃんと覚えているのがアニメの『機動戦士ガンダム』と『聖戦士ダンバイン』。それ以前のアニメや特撮の記憶はあんまりないんですよね、不思議なことに。きっと、アニメをやってる時間は、外で遊びすぎてたんでしょうね」

 アニメにも特撮にもさほど興味はなかった生守さん。ただし、小学校4年生頃にブームを呼んだ『ガンダム』だけは別だった。

「『ガンダム』にはさすがに衝撃を受けましたね(笑)。アニメなのに、普通に戦争を描いていたというのが凄かった。もちろんロボットの格好良さもありましたけど、ほかのロボットアニメが、何でも合体して勧善懲悪を描いていた中で、『ガンダム』の世界観はちょっとリアルだった。ロボットを兵器として表現していたのも新鮮でしたね」

 そこから派生して、当時大ブームを巻き起こしていた「ガンプラ」にも興味を持った。

「まわりが全部ガンダムとガンプラに染まってましたからね。最初に買ったガンプラはギャン。ガンダム、ゲルググ、ジム、ボール……数はそれほど揃えてはいませんでしたが、ガンプラにハマって。友達の家に集まって、黙々と己のガンプラを組み立てるという。あんまり生産性のある遊びじゃなかったなぁ(笑)。そして、そこからプラモデル自体を作ることが面白くなっていきました。よく作っていたのは戦艦やゼロ戦ですね。宇宙戦艦にはいかずに(笑)、大和とか長門とか、リアルなほうで。お小遣いの半分くらいは、プラモデルにつぎ込んでました。まぁ、その間も、奥多摩湖までひとりで行ってブラックバスを釣ったりもしてましたけどね(笑)」

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中学時代〜ファミコンブームでゲームに目覚める

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 中学時代に入ると、生守さんの釣りとプラモデルの趣味に、新しいアイテムが加わる。それは?

「ファミコンですね。まだボタンが四角い時代。ファミコン以外にも、ホビーパソコンの〈ぴゅう太〉とか、〈カセットビジョン〉とかゲームハードが乱立してた時期でしたけど、ファミコンが出たのを見て、“あぁ、これは圧倒的だ。これがいちばんだ”と思ったのを覚えています。まず、色がたくさん表示できて絵がキレイだという点で圧倒的に優れていましたからね。それでファミコンが欲しくなって、お年玉を貯めて自分のお金で買いました。最初に買ったソフトは、もちろん『スーパーマリオブラザース』。そこからは、お小遣いはほとんどカセット代で消えていきました。といっても、ひと月の小遣いではソフト代には足りない。そんなにしょっちゅう新しいゲームを買えるわけじゃなかったから、ひとつのソフトを繰り返し遊び尽くしてました。今みたいに、やたら新作が発売されていたわけでもないですし」

 ほかに、印象に残ったタイトルは?

「そうですね……『キン肉マンマッスルタッグマッチ』(バンダイ)ですかね。ブロッケンJr.の理不尽な攻撃が凄かった(笑)。実は原作を知らなかったんですが、対戦がものすごく面白かったんですよ。ゲームをやってから原作を見て、“あぁ、本当はこんな攻撃をするんだ”と確認しましたね。『マリオ』もそうですけど、たぶん友達と対戦することが好きだったんでしょうね。ほかには……何だろう? 『チャレンジャー』(ハドソン)とか『バンゲリングベイ』(ハドソン)なんかは印象に残ってますけど、面白かったかと聞かれると……微妙ですよね(笑)。さらに、『スペランカー』を2周くらいクリアしてたところをみると……買った以上は元を取ろうと、頑張って遊んでたんだなぁと思いますね。今アレをプレイしろと言われても、絶対無理ですよ(笑)」

 ファミコンの登場をキッカケに、生守さんの生活にゲームという趣味が加わった。とはいえ、ゲームばかりを遊んでいたわけではない。

「小学生の頃から、近所で剣道が流行っていて道場通いをしていたんです。なので、中学でも剣道の部活動を始めました。いろいろスポーツはありますし、柔道と剣道のどっちをやるかで迷ったりもしたんですが、柔道はね……最初に見た試合が寝技の攻防だったんですよね。男同士が抱きついて転がってる絵面が、全く格好良く思えなくて剣道を選んだんですよ。受け身から練習が始まるっていうのも、自虐的だし(苦笑)。剣道のほうが、派手で格好良かった。でも、実際に防具を着けてみると、臭さには閉口しましたけど、なんだかんだと面白くて、初段を取るくらいまで、続けてました」

 その頃の自分を振り返って、「性格は、ほかの子供よりも、若干大人びていましたね」という生守さんは、クラスメイトからも頼られる存在だった。授業の一環として加入するクラブ活動では、生物部の部長に就任。「部員を何とか増やしてくれ」という先生の頼みに応えて、生徒達の前でユーモラスな部紹介を行ない、部員を数倍に増やした思い出もある。ワイワイ騒ぎまくるわけではなかったが、実直なリーダーシップを発揮する子供だった。

「絵のほうも、小学校時代ほどではなかったですが、チョコチョコとは描いてましたよ。さすがにもう、チラシの裏ではないですが(笑)。趣味で描く絵も、少し漫画っぽいのが増えてきて、ガンダムの絵はよく描いていたような気がしますね。ロボットアニメはね、『ガンダム』ほど一生懸命ではなかったですが、その流れで『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』という、一連のサンライズ(当時は日本サンライズ)作品は好きで観ていました。『ガンダム』ほど、ドラマ性に衝撃は受けなかったですが、サンライズの作品は世界観がよかったんですよね。といっても、テレビはそれ以外、あまり観ませんでしたね。テレビよりも、日が暮れるまでは外で遊んで、家ではゲーム。家のテレビは、僕にとってゲームのためのものでしたから、番組を観ている時間がないんですよ。おかげで、妹には嫌われるし、父親には勉強しろと叱られるし。……でも、もし今の僕が、当時の僕に会ったなら、おそらく父と同じことをするでしょうね(笑)」

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