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ゲーム作りの面白さ、楽しさは何にも勝る。僕は一生、現場でゲームに関わっていたいですね。 伊津野 英昭

カプコン入社〜アーケードチームで力を育む

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 伊津野さんが入社した’94年は、カプコンという企業自体も『ストリートファイターII』の大ヒットを受けて、まさに伸び盛り。とはいえ、もとはベンチャービジネスのゲーム会社。伊津野さんの入社時点は、現在とは違って、まだまだ労働環境も整備されてはいなかった。

「残業も多いし、給料もけっしていいわけじゃないし、よくも悪くも大らかな社風でしたから、入った時はちょっと後悔もしましたよ(笑)。でも、ゲーム作りは、他のジャンルでは経験できない面白さのある仕事でした。最初は、ここで一生暮らせるのかなぁと不安でしたけど、仕事を続けるうちにどんどんハマっていきましたね」

 その伊津野さんが最初に配属されたのは、アーケードのクイズゲームチーム。当時のカプコンでは、プランナーとして入社した新人を集めて、次々に企画を考えさせるという研修(通称“企画マンレース”!)を行なっていた。そこで高いポイントを上げた者が、順番に実際の開発チームに配属されていくという仕組み。伊津野さんもそこですぐに力が認められ、さっそく6月には『クイズ アンド ドラゴンズ』の開発スタッフの一員となった。

「入社1年目は、クイズゲームに明け暮れてましたね。6月〜9月までは『クイズ アンド ドラゴンズ』、それが終わったと思ったらすぐに、『クイズ殿様の野望2 全国版』のチームに回されて、それが12月まで。その半年間で、1万問のクイズを作りましたね。問題自体は、いろんな人間で手分けしながら考えていくんですけど、そこからが大変なんです。問題を全部集めて、難度を振り分けて、文章の語尾などを統一して、問題のクオリティを整えつつ、本当に答えが合っているのかどうかを全部調べて、出題アルゴリズムを考えて……ということを、半年間ずーっとやってました(笑)」

 それが終わっても、休むヒマはない。『クイズ殿様の野望2 全国版』の開発がアップすると、そのまま伊津野さんは、『ストリートファイターZERO』チームに配属。カプコンのアーケードゲームの開発に次々と関わるようになる。

「でも、僕はそもそも、ポリゴンのゲームが作りたかったんですよね。カプコンに入社したときも、やりたかったのは同じアーケードでもポリゴンの大型筐体。だったらナムコへ行け、という話になっちゃうんですが(笑)、逆にそれまでポリゴンゲームを作ってなかったカプコンなら、ポリゴンでトップに立てるんじゃないかなぁなんてことも思ってまして。だから、上司への年賀状にもポリゴンの自画像とか描いて、僕にポリゴンのゲームをやらせてくださいとずっとアピールしてました(笑)」

 その念願かなって、当時の上司である船水(紀孝。現・クラフト&マイスター)氏は、『ストリートファイターZERO』の開発が終わると同時に、伊津野さんを3Dゲームの研究チームに配属。伊津野さんは『スターグラディエイター』の開発に関わる。そして、続く『私立ジャスティス学園』では、初めてコンシューマタイトルも手がけることとなった。

『私立ジャスティス学園』

「コンシューマを手がけたのは、『私立ジャスティス学園』が初めてでしたね。それまでは、アーケード版はアーケードチーム、家庭用への移植はコンシューマチームが作ると分かれていたんですけど、『ジャスティス』はPS®互換基盤(ZN-1)を使ってましたから、アーケード版の開発時点で頭を使えば、コストをかけずにすぐにコンシューマにも落とせる。それに気づいて、僕らのチーム内でアーケード版とPS版、両方の開発をすることにしたんです。おかげで、アーケード版の稼働からわずか3ヶ月という短い期間で、PS®版への移植ができました」

 一般層にまでブームを呼ぶほどの大ヒットには繋がらなかったものの、伊津野さんがディレクションを手がけた『私立ジャスティス学園』は、格闘アクションファンの心に残る異色の作品として、今でも語り継がれるタイトルとなった。伊津野さんの思い出に残る1作でもある。

「王道の格闘アクションから見ればキワモノっぽい内容だったんで、売り上げにはさほど結びつかなかったですけど(苦笑)、あの作品は、技術的にもけっこう高度なことをやってたんですよね。オマケモードもずいぶん頑張っちゃいましたしね。上の人間に “アーケード版のままでPS®版を出しても売れないから、何とかしろ”と言われて、必死に詰め込んだのがあのオマケ。すごく大変でしたけど、『ジャスティス』は僕にとってもすごく印象深いタイトルになりましたね」

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 それまで、ひたすらアーケード畑を歩んできていた伊津野さん。だが、PS2の『デビル メイ クライ2』で彼に一大転機が訪れる。アーケード版の移植ではなく、コンシューマ・オリジナルタイトルのディレクションを任されることになったのだ。

「『デビル メイ クライ2』は、初代の『デビル メイ クライ』から開発メンバーを一新したこともあって、正直、途中まで開発が思うように進んでなかったんです。そこで僕のところに上司が、この状況を打開できるディレクターを追加したい、見つけてくれと言ってきまして、一緒に相談してたんですよね。でも、なかなかベストな人材が見あたらない。“じゃあ、オマエがやれ!”ということになってしまったんですよ。そのとき、僕はオリジナルRPGの企画を進めていたんですけど、そんな経緯で新企画も頓挫し(笑)、そこからは『デビル メイ クライ』一筋になっていきました」

 ゲームセンターを訪れる熱心なゲームファンを相手にしていたアーケードゲームとは違い、不特定多数にアピールしなければならないコンシューマゲームに携わることになった伊津野さんは、そこでさまざまな点に戸惑った。

「まぁ、『2』ではいっぱい勉強させていただきましたね。ゲームの開発自体は、アーケードのノウハウが100%使えたので、そこに戸惑いはなかったんですが、ゲームを作る姿勢は、アーケードとコンシューマではずいぶん違いました。まず、『デビル メイ クライ』のような巨大なプロジェクトが初体験。ムービーを制作してくれる外部のスタッフと関わることとか、マスコミとの付き合い方とか、こうしてメディアの取材を受けることとか……とにかく、今までアーケードの世界ではしたことのない経験が多くて、ゲーム制作に対する認識も新たになりました」

 上司からの命令でスタートした『デビル メイ クライ2』のディレクション。始めは、けっして彼も本意ではなかったメンバリングではあっただろうに、『2』を無事に世に送り出した頃には、伊津野さんの心境も大きく変化していた。

「その頃には、もう次回作もやる気満々でしたね。“よっしゃ、じゃ、次もやろか!”と、今度は、僕から船水に次もやらせてくれと頼み込んだんです。『2』をやってみて初めてわかったことも多かったので、それを次回作にいかすことで、もっといいシリーズにできるだろうと思ったんですね。ここで僕が手を離してしまったら、『3』ができたとしても、『1』の評判を越えるものになるかどうか……。尻すぼみになって、『4』を作るまでに至らないんじゃないかと。だから、今後『4』を世に出すためにも、僕に『3』を作らせてくださいと直訴したんです」

 その直訴の甲斐あって、『デビル メイ クライ3』もヒット。伊津野さんがこだわっていた『4』も、さらにハイスペックのPLAYSTATION®3へとプラットフォームを移し、’08年初頭を飾るPS3®アクションゲームの目玉タイトルとして、ファンの期待を一身に集めている。

「本当は、『3』で僕のやりたいことは全部やり尽くしてしまったんで、あそこで僕はシリーズから引退するつもりだったんですよ。僕の『デビル メイ クライ』はここで終わりだからと思って、『3』が出来上がる頃には、別の企画も考え始めていたんです。あとは、他の連中が『4』に向けて頑張ってくれたらええなぁと。……と、のんびり構えていたら、PLAYSTATION®3のカプコン第1弾タイトルとして、『4』が出ることになった。これは、シリーズとしても失敗できないタイトル。それならば、ということで、シリーズをよく知っている僕が、引き続き『4』のディレクションを手がけることにしたんです」

 初めてのPLAYSTATION®3での開発。伊津野さんにとって、その手応えは?

「いやぁ、さすがに初めてのハードですから、めちゃめちゃしんどかったですが、スタッフもそのぶん、めちゃめちゃ頑張りました! PLAYSTATION®3は、今までのゲームハードとは別の概念を要求されるマシンなんですよ。PS2ともまた違う。その代わり、そこをクリアしてしまえば、今までのゲームとは全く違う次元のモノができるんです。もうね、とにかくやって、観てくださいとしか言えないですね。まずは、映像。“これがリアルタイムで動いてるの?”という驚きは、みなさんに感じてもらえるはずです。だって、ほかの圧縮されたレンダームービーより、このゲームのリアルタイムの映像のほうがキレイだったりするんですよ(笑)。もちろん、ゲームのほうも解像度720pで、フレームレート60fpsを次世代機の画質で実現してます。これをまともにやってるメーカーは多くないと思いますね。PS3®だからこそのスペックを使い切って作りました」

 シリーズ最新作にして、次世代機でのシリーズ第1弾ともいえる『デビル メイ クライ 4』は、新システムも大きな見どころだ。特に注目してほしいポイントは?

「新主人公・ネロの右腕を駆使した新アクション“デビルブリンガー”ですね。今までシリーズを遊んでくれている方には、プラスアルファの要素として楽しんでいただけるでしょう。ストーリーや設定も、前作までの繋がりがいろいろあるので、そこも見どころです。もちろん、PS3®で初めて『デビル メイ クライ』を体験する方への配慮もバッチリですよ。主人公を、これまでのダンテではなく、新しいネロという青年にしたのも、そこを意識したからですね。ネロの生き方を通じて、『デビル メイ クライ』の世界をみなさんにわかっていただこうと。ミッション1は、チュートリアルを兼ねた内容にもなっているので、“『デビル メイ クライ』って、なんや難しそう”とこれまで敬遠してきた方も、偏見なしに楽しんでもらえる内容だと自負しています。
 それに、せっかく新しいハードで出る新作ですからね、細かいとこもちょっとずつ気を使って変えてみたり(笑)。例えば、難易度選択の表記があるじゃないですか。普通はイージー、ノーマル……という呼び方しますけど、それもつまらないし、アクションが好きな人はイージーと聞くと選びたくなくなりますからね。そこで、今回はヒューマン、デビルハンター……というような書き方にしました。シリーズ初心者の方はヒューマンを選んでいただいて、今まで悪魔狩りをしてきた方はデビルハンターを選んでいただく。気負わずに遊んでいただく配慮のひとつです」

 ちょうど、この取材を行なったのは、伊津野さんの『4』での仕事もマスターアップを直前に控えた佳境の時期。最後に、これからゲーム業界を目指す人へのひと言を聞いてみた。

「この時期の僕に、若い人たちへのアドバイスを……といっても、なんやネガティブなことを言いそうで怖いんですけどね。ゲームを作るってほんまに大変なことやぞ、ラクしたかったら、ほかの業界を目指したほうがええよ、とかね(笑)。でも、もしやりがいを求めるなら、こんな素敵な仕事はないですよ。特に、物を作りたい人にとっては、素晴らしい仕事やと思います。そのためにも、若いうちに、何でもいいから自分で物を作ってみることですね。トイフィギュアでもいいし、文章を書くことでもいいし、ビデオを回してみることでもいい。僕も正直、もう若くはないので、体はキツいです(笑)。でも、現場でゲームを作ることには、他の仕事にはない面白さを感じています。会社からは、もういい加減、ディレクターを卒業してプロデューサーになったらどうや、とせっつかれてますけど(笑)、僕は一生現場にいたい。現場で物作りに関われることが、僕の幸せやと思いますね」

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2007年11月 生守 一行氏
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