特別に何が、という思い出はないが、毎日が楽しくてしょうがなかった小学生時代。「中学校に上がって最大の変化は?」と新川さんに尋ねると。
「眼鏡をかけたこと、ですかね(笑)。ゲームもそうですけど、漫画や少年向けの冒険小説・探検小説をよく読んでいたものですから。自分で近所を探検するのも好きでしたが、本でも探検物を。漫画だと、自分が野球少年だったので『キャプテン』とか。あとは『週刊少年ジャンプ』物ですね。当時は『北斗の拳』『Dr.スランプ』『キン肉マン』。今でも漫画はめちゃくちゃ買いますよ」
漫画好きが高じて、アニメをよく観るようになったのも中学時代から。アニメに深く触れるキッカケとなった作品は、小学校高学年の時に劇場公開された『風の谷のナウシカ』だったそうだ。
「日曜日のアニメは欠かさず観てました。『とんでも戦士ムテキング』なんかは、よく覚えてますね。もちろんロボット物、『機動戦士ガンダム』も観てましたし、漫画、アニメ……オタク的なモノはひととおり。あとは、映画がとても好きでした。小学生時代は、ジャッキー・チェンなんかのカンフー映画ばっかり観ていたんですけど、中学生からはほかのジャンルも。特にホラーが好きになり、ひとりで梅田の映画館まで行ったりしましたね。梅田まで行くと、旭屋書店や紀伊國屋書店などの大きな書店もあるので、本を買いだめに行ってました」
好きな映画は『ターミネーター』、ホラー映画で印象的だったのは『死霊のはらわた』『バタリアン』など。読書の趣味のほうでは、コナン・ドイル、アガサ・クリスティ、ガストン・ルルー、A.A.ミルン、ジョン・ディクスン・カーなど、海外の本格推理小説がお気に入りだった。
「でも、基本はオタク系。京橋のアニメイトに通ってましたからね(笑)。友達と一緒にポスター買いに行って、部屋に貼ってましたよ。今思えば、けっこう恥ずかしい……『めぞん一刻』とか『うる星やつら』とか。どっから見ても、オタクの部屋でした(笑)。高橋留美子さんの漫画は大好きでしたね」
では、中学ではどんな少年だったのか?
「部活はバレーボール。友達が入るというので、流されて(笑)。私の中学校は、グラウンドがものすごく狭かったので、野球部もサッカー部もなかったんです。だから、男子はバスケットかバレーかテニスか、3勢力しか選べない。ですから、毎日部活には行くんですけど、行って練習をさぼってるタイプでした」
部活はそこそこ。では勉強は?
「勉強は、ほとんどしませんでした。だから、すごいバカやったんですよ。中学に入った時の最初のテストで、なんやわかりませんけど英語で100点を取ってしまい、“あぁ、このままでええんや”と全く勉強しなくなっちゃったんです。このままではヤバイと思ったのは、中学2年の終わりくらい。人に言われて初めて気づきました。その時、もう成績はかなり下のほうやったんですけどね(苦笑)。高校に行けないことはない成績ではあったんですが、行けたとしても、悪い人たちの集まる高校になってしまう。中学自体、けっこう悪い人たちの集まりだし、小学校時代からの友達もだんだん不良化していったので、そんな学校はもういややと思いました(笑)」
そこから、新川さんは猛勉強を始めた。学校から帰宅すると、すぐに机に向かい、気がついたら明け方ということもよくあったという。ところが、あまりにも急激に頭に知識を詰め込んだせいか?
「当時、勉強以外にやったこと、起こったことを何も覚えていないんですよね(笑)。あとで友達に、“あの頃、こんなことあったよな?”と言われても、本当に何も覚えてないんです。“お前、冷たいやっちゃなぁ”とすごく責められました。たぶん、記憶容量が小さいんですよね。ひとつのことに集中し始めると、ほかのことは覚えられない。今もそうなんですけど、覚えんでええことは、全く覚えないたちなんです。そのほうが、幸せでしょう?(笑)」
その甲斐あって、成績もぐんぐん上昇。陰で新川さんの将来を心配していた親御さんも、ホッと胸をなでおろし、いよいよ進学先を決める段になり?
「あまりにも一生懸命に勉強しすぎたので、もう二度と同じことをしたくなかった。なので、大学受験をしないで済む高校に進むことにしました」
そこで選んだのが、枚方市にあった東海大学の付属校である東海大付属仰星高等学校。無理せず入れる難易度で、校舎も新しくキレイで、通学時間も家から電車で40分程度と、新川さんにとって好条件が揃っていた。
「もうひとつ、そこを選んだ理由がありまして。高校を出たら、ひとり暮らしがしたかったんですよ。親も、若いうちにひとり暮らしをしておくべきだと考えていたものですから、大学は実家を離れた場所にあるほうが都合がよかった。東海大学なら、神奈川に行かざるを得ないですから、それも私にとっていい条件だったんですよね」 |