「うーん、何から話したらいいんでしょうかね? やっぱり物作りに関係あるところから……」と、おだやかな口調で半生を語りだした金澤浩隆さんは、96年セガ入社以降、ジャンルを問わずさまざまな有名タイトルで活躍しているデザイナーだ。彼の最新作は、PLAYSTATION®3の期待作『戦場のヴァルキュリア』。同作ではデザインリーダーを務め、同作のビジュアルを特徴づけている“CANVAS”システムの開発を統括した。そんな金澤さんの幼少時、真っ先に挙がった思い出のエピソードは、幼稚園から小学校低学年にかけて夢中になったロボットアニメにまつわる話だ。
「当時、僕が住んでいたのは、恐山のふもとにあるむつ市というところ。ロボットアニメが大好きでよく観ていました。そこに出てくるロボットのオモチャも好きで、昔、超合金ってあったじゃないですか。誕生日やクリスマスに買ってもらったあの手のオモチャを……よく分解してました(笑)。それは、超合金やロボットのオモチャに限ったことではなく、物があると分解したくなる子供だったんです」
勇者ライディーン、鋼鉄ジーグ、コンバトラーV……。手に入れたオモチャは、いちおうは遊んでみるものの、そのうち金澤さんの興味は、オモチャの中身にシフト。気がつけば、勇壮なロボットたちはバラバラにされ、二度と組み立て不可能な状態になっていた。
「特に、可動部が気になって。どういう仕組みで動いてるんだろう? と気になってしょうがない……ように思っていたハズなんですよ。今は、壊れちゃった後の光景しか頭に残ってないので、当時、何を考えて分解していたのかはハッキリしないんですけどね(笑)。飽きっぽい子供ではあったので、きっとそのせいもあったんでしょう。ちょっと大きくなってからは、プラモデルにハマりましたね。オリジナルのロボットが4個パッケージされてた300円の“ロボダッチ”シリーズ(今井科学)とか。お小遣いを握りしめて、ワクワクもので買いに行ってました」
もともと、メカニックな物の構造に興味があったのだろう。絵を描くのも好きだった金澤さんは、ロボット本体を使った遊びと共に、自分で描いた絵を使ったロボット遊びにも興じていた。
「ひとりでロボットの“操縦ごっこ”をするんです。コックピット前面の機械を描いた画用紙と、右手側の操縦レバー類と機械を描いた画用紙と、左手側のレバー類と機械を描いた画用紙を自分の周りを取り囲むように並べて、操縦席に座ってる気分で、ロボットを動かしてる真似をする。発進とか攻撃とか(笑)。だから、専用コントローラでロボット操縦を楽しむゲーム『鉄騎』を作った人の気持ちは、非常によくわかるんです。
もちろん、ロボット本体の絵もよく描きました。でも、見た目よりも中身を重視した絵なんですよね。よく、子供向けの雑誌や単行本で、“〜のヒミツ”みたいな企画があるじゃないですか。“〜ロボットの中はこうなってる!”みたいな、メカの内部構造を紹介したページが。僕の描いていた絵は、そんな感じ。オモチャをせっせと分解してたのも、中身への興味があったからなんです」
男の子らしいヒーロー願望は、ロボット相手に限らない。当時の子供たちに熱狂的に愛されていた仮面ライダーも、金澤さんは大好きだった。
「リアルタイムに夢中になったのは、『仮面ライダーV3』。変身ベルトは初代のものでしたが、V3の自転車を買ってもらい、それを乗り回しながら仮面ライダーごっこをしてました。自転車を両手放しでこいで、叫びながら飛び降りる。それが、僕のお気に入りの遊びでしたね。友達と、仮面ライダーと悪の秘密結社に分かれて戦ったり。ライダーになったつもりで木の上から飛び降りて、肩の骨を外したこともあった……と、親は申しておりました(笑)。残念ながら、僕にはその記憶がないんですけど、今でも親が語るところを見ると、きっと大事件だったんでしょう」
青森県で暮らしていた頃はこうして、外での遊びと家の中での遊び、両方に励んでいた金澤さん。しかし、父親の転勤があり、彼は小学校2年の時に千葉県柏市に引っ越しをすることに。
「自転車が好きで、プラモとアニメが好きで、という趣味は同じでしたが、そこから、やや内向的になったんですよ。やっぱり、方言の問題があったんですかね? 特にからかわれたとか、いじめられた記憶はないんですけど、ちょっとした気後れがあったんじゃないですかね」
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