さて、卓球と音楽に明け暮れていた中学を終えて、大橋さんは高校に進学する。彼が受験したのは、新潟県立吉田商業高等学校(当時。現在は吉田高等学校)の商業科。そこを選んだ理由は?
「今は普通科の高校になっちゃったみたいですが、当時は商業科の高校だったので、学校にコンピュータを使った授業がある。テクノ好きなので、パソコンには当然興味があるし、触ってみたい。家からもけっこう近い。“俺はパソコンの勉強がしたいんだ!”とアピールして、進学を認めてもらいました」
ところが、入学して実際にパソコンの授業が始まると……?
「パソコンにさほど興味がなくなっちゃって……(笑)。僕が通った商業科の授業ではBASICを習うんですけど、基本はすぐに覚えてしまえるんですよ。しかも扱うプログラムも、商品管理のための表計算だったりするので、面白くはない。パソコン雑誌で見るような、美麗なグラフィックとかは全く関係ないんですよね(笑)。僕が求めているパソコンの世界とはなんか違うなぁと思って、興味は音楽のほうにますます向いていったんです」
で、その音楽だ。中学3年でアシッド・ハウスと巡り会い、テクノ/ハウス・ミュージックを好きになっていった大橋さん。高校1年になると、世の中にもテクノブームが訪れ、彼はますます、そのムーブメントにのめり込んでいく。
「高校生になると、雑誌でもいろんな情報が出始め、片っ端からCDを買うようになりました。愛読書はもちろん『remix』! そのうち自宅録音を始めるようになって『サウンド&レコーディング・マガジン』や『キーボード・マガジン』も買ってたし……専門学校に通うようになってからは、『ele-king』(※)が創刊されたりしましたよね。当然、こういう雑誌類もCDと同じで、本屋さんに頼んで入荷してもらってましたね。もし入っても1冊くらいだから、誰か他の人に買われちゃうと手に入らない。困るんですよ、あれ(笑)」
(※1995年創刊の伝説のテクノ専門誌。2000年休刊)
念願のシンセサイザーを手に入れたのは、高校2年。ラーメン屋のバイトでお金を貯めて、中古を買った。
「雑誌で情報を探して、ローランドがワークステーションとして売り出していた、中古のW-30というサンプラー&シンセサイザーを買いました。15万円くらいだったかな? シーケンサーもついてるし、これがあれば、とりあえず一通りのことはできたので。そこからは、地道に小さい楽器や周辺機器を買い足して、自宅録音にハマっていきました。作ってた曲も、やっぱりテクノっぽいものばかりでしたね。
聴く音楽も中学時代と変わらず、アシッド・ハウスとデトロイトテクノがずっと好きでした。途中でアンビエント・テクノが流行りだしたり、エイフェックス・ツインが出てきたり……。着る物も、SHOP33(※東京・吉祥寺にあったテクノ系セレクトショップ。現在は、NEXT33としてネットショップを展開)のものを買ったり、それ系のブランドを揃えたりして。ほんと、新潟のサブカルっ子だったんですよ(笑)」
だが残念ながら、大橋さんの高校にはサブカル仲間はいなかった。
「やっぱりクラスメイトはみんなヤンキー(笑)。さすがに趣味が合わないので、中学時代からの友達や、彼のバンド仲間とずっと遊んでました。ライブでバンドが登場する前のBGMを作ったり。バンド活動も友達のサポートでちらっとだけは。自分のライブは……ひとりで高校の文化祭に出たり、専門学校のイベント、クラブイベントに出たことがあるくらいで、数えるほどでしたね。音楽制作にはかなりのめり込んでましたけど、どこか大々的に発表する場を持とうとはあまり思わなくて。イメージした曲ができたときの達成感、カタルシスを得られればうれしかったんですよね」
ところで、中学時代以来、大橋さんの話には、ゲームにまつわるエピソードが出てこないが?
「高校時代は、まったくやってないですね(笑)。中学の最後に、同級生からコードの接触の悪くなったメガドラ(メガドライブ)を買い取って、その後すぐにゲームをやらなくなりました。ウチにはずっと、ファミコンしかなかったので、次世代機的なものに憧れていたんですよね。その友達が、もうメガドラはやらないというので、喜んで譲り受けたんですが……しばらくして別の友達に貸したんです。そうこうするうちに、僕の興味は音楽に行ってしまって、ゲームは以上終了(笑)。
ところが、このメガドラが、後に僕が専門学校に通い出した頃に、運命的な再会をするんですよ!」
“運命のメガドラ”とは、かなり気になるワードだが、詳しい話は専門学校時代に譲ろう。趣味でいえば、音楽以外に、高校時代から今に続いていることがあるという。それはマンガを読むこと。しかも、そのジャンルは?
「少女マンガなんですよね。キッカケは、妹が買い出した『別マ』(別冊マーガレット)。紡木たくとか矢沢あいとか、そのくらいの時代ですかね。あとはなんだっけ……いくえみ陵とか……永田正実の『恋愛カタログ』、多田かおるの『いたずらなKiss』とか? 妹が『別マ』を買ってくると、まず俺に読ませろと取り上げてました(笑)。
その後も、少女マンガは読んでいて、白泉社のマンガも大好きですよ。今も、妻に薦められていろいろ読んでます。やっぱり、人間の心理描写をあんなに細かく、壮大に描けるのは、少女マンガならでは。“花の24年組”と呼ばれる竹宮惠子先生や萩尾望都先生に、人間とは何かを教わりましたね」
話を聞けば、高校生男子なら誰もが読みふける『週刊少年ジャンプ』などの少年誌は全く興味がなかったとか。
「そうなんですよ。音楽で、ハードなギターの音が苦手だったりするのもそうなんですけど……どうも、男の子らしい物がダメなんじゃないかと(苦笑)。シンセサイザーやパソコンが好きなので、機械に興味はあるんですが、電車だとか車だとかにはあまり。高校時代は、最寄り駅までバイク通学してましたけど、それも単なる移動手段だったので、バイクに興味があったからでもない。男らしいものは、好まなかったですね。
まわりはみんなジャンプマンガが好きでしたが、僕が唯一、少年マンガのコミックスを持っていたのは、『キン肉マン』の7巻目(笑)。父親が誕生日のプレゼントにくれた、その1冊だけ。だから、『ドラゴンボール』や『スラムダンク』を読んだのは、社会人になってからなんです。大人になって、サブカル系の男性マンガは読むようになりましたが、バトルが中心のマンガは相変わらず読まなかったですね。楳図かずお先生くらいかな、少年マンガっぽいのは。今、単行本を買い続けてるのも遠藤浩輝の『EDEN』だけです。少女マンガだったら、今市子先生が最高ですね」 |