HC1462年、ウィザックによって預言された世界を変える力を持つ者──神託のウィザードを見つけ出すべく、各国の権力者の肝煎りで、聖闇アカデミーに五つの家が建立された。
入学に際しての必要条件はただ1つ。
優れた魔道師の資質を持っていること。
その条件さえ満たしていれば、種族も宗教も年齢も出身地も一切が不問。
また極めて厳しい入学試験をパスした者には、勉学のための費用はもちろん、一切の生活費も国と聖闇アカデミーが負担するという好待遇ぶりであった。
機巧が世界を牛耳り、それによって国内情勢が乱れてどの国でも内乱を抱えた今、少なからぬ数集まった学生たちの生活を受け持つことは、どの国にとっても楽なことではない。
だがそうまでしなくてはいけないほど、世界は追い詰められていた。
五つの家が学生たちを受け入れ始めて早1年。
学内にはすでに相当数の学生たちが、自らこそ神託のウィザードたらんと、勉学に励んでいた。
いずれも歴史に名を残すウィザードと、互角に張り合うほどの実力者揃いであったが、中でも評判を呼んでいたのが双子の魔道師・ロムルスとレムスであった。
揃って学院の級長を勤める双子の評判は、神託のウィザード最有力候補として早くも世界各国へと響き渡っていたが、当の2人は前評判など気にもかけていなかった。
なぜなら彼らこそ、人々とテラ・フォーマを脅かす機巧のプリンス・カストゥールとポルクスだったからだ。
人と機巧とが融合して生まれたカストゥールとポルクスにとって、人の姿を取るなど造作もないこと。
そうして聖闇アカデミーへ潜入し、いずれ自分たちを脅かす存在となるであろう、神託のウィザードに関する情報を逐次集めていたのである。
だがアカデミーの教師を始め、誰1人してそのことに気づく者はいなかった。
彼女が聖闇アカデミーの扉をノックするまでは。
それは春の夜のことであった。
ヴェルザール砂漠を横断するにしても、いささか大袈裟すぎるマントを頭からすっぽりとかぶった人物が、アカデミーへの入学を希望してやってきたのである。
顔はフードに隠されて見えなかったが、つんと飛び出た長い耳はエルフの証。
だが双子の兄弟が確信するには、それで充分だった。
どんな身体の特徴よりも濃く、彼女の中に眠る強大な力がなによりの印。
「ロミリだよ」
「ロミリだね」
エルフの従者に引率され、学院の地下へと向かう少女の後ろ姿に熱い視線を向けながら、双子たちはひそひそと言葉を交わす。
「やっと見つけたね」
「やっと出てきたよ」
彼らの声は、誰にも聞き取ることはできない。
できないはずだと、彼らは信じていた。
けれど──。
「こら。夜更かしはほどほどにして早く休みなさい。ロムルス、レムス」
「はい、学院長」
揃って学院長へ一礼し、パタパタとその場から駆け去った双子は、その夜、ベッドのシーツの中で囁き合った。
「ねえ、学院長は僕らの正体に気づいてるんじゃないかな?」
「うん、気づいてるかもしれない」
「どうする? 殺す?」
「まだ早いよ。もっとロミリに近づかないと、退屈な学院生活を過ごしてきた意味がない」
「そうだよね」
「そうだよ」
「ね」
アカデミーの地下には、巨大な地下聖堂がある。
司祭はいないが、24時間蝋燭の灯が途絶えることはなく、昼夜を問わず祈りを捧げる学生の姿が散見される場所であった。
だが今夜は、学院長によって人払いされており、広大な空間には3人しかいない。
1人は学院長。
2人目はオールドミスの教師・フリードニア。
そして3人目は魔方陣の中に置かれたベッドで眠る、エルフの少女・ロミリであった。
「この娘が例の……?」
「そう、サイアスティーン法王からの預かり物だ。ずいぶん意地っ張りな娘だそうだよ?」
「……と言いますと?」
含みを持たせた学院長の物言いに、フリードニアは眼鏡の奥の目を猫のようにすがめる。
「秘密が多くて口が固い」
「それはいかにも扱いが難しそうですね」
「私も早々に手を焼かされているのだよ」
困ったようにため息をつき、眠るロミリの額を、学院長は細い指でそっと触れる。
「優しく説き伏せてもだめ。頭ごなしに言い聞かせても、力づくでも動かないと来たもんだ」
その言葉に合わせ、指先が虚空を滑る。
それは呪文の詠唱なくして発動する精神操作の魔道であることは、フリードニアには容易に分かった。
同時に、隠喩を用いて会話を進める学院長の真意にも。
言葉を選びつつ、フリードニアは横たわった少女の様子を探る。
顔だけでなく、全身を包むオーラ、身に潜んだ異質な波動。
魔女であるフリードニアも、決して短くはない時間を生き続けているが、この少女はなにからなにまで謎に包まれている。
まるで神と、その眷属に属する者のようだと炎の魔女は思った。
そう、例えばウィザックやシオンに、この少女は限りなく近い。
「えてしてこういうタイプには、きっかけとして強烈な出来事を与えてやらねばなりません」
「ふむ……例えば?」
「……と言われましても、私は学院長と違って学生の扱いが上手い方ではありませんから」
「フリードニア先生ともあろうお人が、見え透いた嘘をつくものじゃない」
「とんでもない。まだまだ学院長には及びません」
「あなたほどの人から聞かされれば、お世辞も悪いもんじゃない。──まあいい。このお嬢さんにどんな躾をしたものか、お茶でも飲みながら話し合おうではないか」
「それは名案です」
「だろう? サイアスティーンが今年の新茶を送ってきてくれたんだ」
「では、その間彼女には少し大人しくしていてもらいましょうか」
「聖堂で神に祈りでも捧げていてもらおう」
気安い調子で言い交わしながら、学院長とフリードニアはロミリの周囲に強固な結界を張り巡らせた。
これを破ることはアカデミーの学生はおろか、教師たちとて簡単ではないはずだ。
三重に巡らせた結界が正常に作動していることを確かめ、2人の大人たちは固い足音を響かせながら聖堂を後にした。