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俺の屍を越えてゆけ 続編への道 「俺の屍を越えてゆけ」続編の進捗状況について、随時お伝えして参ります!

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制作日誌23: 不定期シリーズ「あの人は今」①

2013.12.19

年の瀬が近づいてきました。SCE『俺屍2』制作チームからの、今年最後の日誌となります。
今回はいつもと違って、不定期シリーズ(次回まるで未定)として、懐かしのあの人を追ってみようと思います。

じつは前回の日誌、福圓さんの音声収録の日に
皆さんも僕らもビックリなスペシャルゲストが、品川に遊びに来てくれたのです!

リメイク版が発売された後、この日誌のために椎名Pがずっとその人物を探してくれていました。
事前にほとんど説明もなく、いきなり椎名Pがその場を用意してくれたので…僕らも本当に驚いちゃいました!

ファンの皆様には懐かしくもあり、ちょっとしたスクープな気もします。
それでは、さっそくご覧ください!

↑受付に見知らぬ青年が? 「あの、俺屍チームの皆さんとここで待ち合わせしてるんですが…」と、
何やら一生懸命説明している様子。

↑椎名Pが青年に声をかけます。「倉科さん、こっちですよー!」
倉科さん・・・・? はて、どなたでしたっけ? イケメンであることはたしかですけど。

ん?

んんんんん?

あッーーーーーーーーー!



倉科さんって、PS版初代『俺屍』のジャケットの男の子の、あの倉科さん?!
えええええーーーーーーーーーーー!?



そうです。なんとこの日は14年ぶりに、あの初代『俺屍』の「顔」となってくれた倉科一丸さんが遊びに来てくれたのです!

突然の来訪に興奮冷めやらぬSCE『俺屍』チームでしたが、桝田さんも思わず声をあげます。

「おおー! 立派になったなー!」

それもそのはず、僕らはこの日が初めましての出会いでしたが、
桝田さんは14年前にも、マニュアルの中で一緒に写真に写ってましたもんね。
まるで親戚のお子さんに久しぶりに再会したような口ぶりです。

↑倉科さんと桝田さん、その場でさっそく記念撮影。
うわぁ、本当の本当に夢のような再会。僕らはまだ胸の高鳴りが抑えられません。

もともと、以前から受付スペースのショウケースには俺屍のジャケットが飾ってあるので、
受付のお姉さんも「え、あの子がこの人なんですか? え、うそ…イケメン♥」と軽いパニック状態に。

なんすかその好反応は。

一度で良いので、僕らとの会話でも語尾に「♥」つけてくださいね。

とりあえず皆で会議室に入り、落ち着いて色々とお話を伺うことに。
いや、お会いしたかった! そして今、何をしているのかすっごく知りたかったです!

「改めまして、倉科です。現在大学3年生で農業の勉強をしています」

おおっ、喋り方まで好青年。どうりで受付のお姉さんが爽やかな笑顔で対応しちゃったわけだ。
僕らには絶対見せない、潤んだ瞳で対応していたわけだ。

大学3年生ってことは…あれ? 写真の当時って小学2年生でしたよね? ちょっと計算おかしくなってません?

「あ、そうなんです。大学3年になって一旦休学しまして…
この1年の間にプロボクサーとしてデビューしたんです

え?

さっきから驚きばかりで話がぜんぜん前に進みません。
『俺屍』のジャケットに出演し、大学生で農業学んで、ボクサーとしてプロ? え?

「ああ、ごめんなさい。順を追って最初から説明しますね(笑)」


そうしてください。





さて、この倉科さん。ファンの間では「俺屍のジャケットの子」としてかなり顔が売れてますが、
もともとはモデルさんでも何でもなく、普通の小学生だったそうです。それがどうしてこうなったかというと…

・倉科さんの父親がアートデザイナーで、その当時、知人のカメラマンから
「ゲームのジャケットに出演する男の子を探しているんだけど、息子さん出演させてみない?」と声がかかった

・父親の仕事の関係で一度だけ雑誌に載ったことがあり、その写真を見た桝田さんが倉科さんを気に入った

・ゲームのジャケットに出演した当時は友達の間で話題になったが、
今は中古コーナーでパッケージを見つけて、「ねぇねぇ、これ俺だよ!」と言っても半分くらいが信じてくれない

・その後はモデルなどの仕事は一切していない

・個人的にも『俺屍』の大ファン。子供時代はゲーム禁止の家庭だったため、親戚の家で遊んでいた

・いとこは朱点童子を倒せず断念。倉科さんはその後、友達の家に通い詰めて最後の最後までクリアした
(他人の家でRPGクリアって!)

・小学校5年からボクシングを始め、大学3年になってから休学し、
プロライセンスを取得した後、今年の6月にデビュー戦を行う。惜しくもデビュー戦は判定負け

・ネットではいまだに「桝田さんの子供」という噂もあるが、まったくの他人であり、現在は彼女募集中

最後の彼女募集ってのは謎情報ですね。僕ら『俺屍』チーム(オヤジ120%)では、どうにもできません!

現在は来春の学生復帰を目指してアルバイトをしているとか。
ちなみにこの冬は泊まりがけでスキー場のアルバイトをするそうです。
ちょうどこの日誌が載る頃には、ゲレンデでお仕事されているようです。

じゃぁ広瀬香美的にいえばロマンスの神様とすぐ交神できるでしょうに。

「いやぁ、大学とボクサーの活動でぜんぜん時間ないんです。というか、皆さんにお会いして言いたかったんですけど、僕このゲーム本当に大好きで…デバッガーの仕事があったら応募したいくらいなんです!」

うちにそんな肉体派のデバッガーいません(笑)
というか、学生に戻ったあともボクシングは続けるんですか?

「プロボクサーとしてはいったん活動を区切ります。将来やりたいことが別にあるので…。
あと僕、スーパーバンタム級で契約しているのですが、もともと体格が良くて減量が大変なんです。
普段は63kgくらいですが、デビュー戦の時は54.5kgまで落とさないといけなくて」

なんと! 試合の度に10kgくらいの減量するんですか?!
一番キレてる時の写真をもってきれくれたそうですが…ちょっと見せてもらえますか?

これ体脂肪2%ですって?
うわぁ…すごい、これ絶対、男でも惚れてまうやろーーーっ!


チラッ…


うわぁ…すごい。先輩は体死亡200%くらいっすね(笑)

「理論上は体脂肪が1%あればフルマラソンも可能らしいんです。
でも、2%まで絞った状態でお腹が空くとどうなると思います?」

えーと、永嶋先輩をチラっと見てしまったので余計に想像がつきません。

「僕の場合、その状態でお腹が空くと、体が動かなくなって、その場にうずくまってしまうんです。
なので、非常食としてバッグには食料を携帯していました」

なんという極限の世界。普通の人の非常食とレベルがまったく違う!
まるでスマホのバッテリーが切れると、いきなりシャットダウンするのと一緒じゃないですか?!

「あはは、そういう感覚かもしれませんね。でも減量後の体で災害にあったりすると、
生き延びられないって、怖くなるときもあるんですよ」

まさに『俺屍』でいうところの奥義みたいなものですね。
魂さえ削って己の肉体を武器にするというか、これ、普通に女の子が見たら、
あまりのカッコよさにキュンキュンしちゃうと思いますよ。

「いやぁ、彼女できないですね。そういえばデビュー戦の計量の日の帰り道、新宿駅で声を掛けられたんです」

おお、モデルか何かのスカウトですか?!
そりゃこのルックスなら声も掛けられるでしょう。

「ははは…まぁ、話を聞いたらゲ●ビデオ」

あぶなーーーーーーーーーい!

それ以上話したらCERO「ZZZ」になります。
聞いたコチラもいけませんでした!
しかしスカウトもプロですね、服に隠れたその体を一発で見抜くとは。

↑当然ですが、そのビデオ出演は丁重にお断りしたそうです。
「なんか、減量がキツくて、気を紛らわせられるかな…って、ついついお話を聞いちゃったんです(笑)」
と、危険なエピソードを陽だまりのような笑顔で話す倉科さん。





話は尽きないのですが、大の『俺屍』ファンという倉科さん。さっそくTGSの試遊ロムを遊んでいただきました。

↑「まだPS Vita持ってないんですよねぇ。続編出たら絶対買いますよ!」と喋りつつ、
サクサクと操作をこなしていきます。さすが若者! 飲み込みが早い!
隣で説明している永嶋先輩がおじいちゃんの古時計に見えてきました。

↑顔の取り込みに興味津々。いろんな角度や表情で撮っていただきました。
職業は壊し屋をまっさきに選択。「女壊し屋のあの武器と技の組み合わせが良いんですよね~」と、
この辺の会話はゲーマー気質丸出し。遊ぶうちにテンションもMAXに!

30分ほどじっくり遊んで、今日の取材もほぼ終了。
後は記念に、当時のジャケット風に写真を撮らせてください!

じゃぁ倉科さんは、そこの赤い壁の前に立ってください。


「脱ぎますか?」


え?


「脱ぎますね?」


…え、あ、はい、お、おねがいします!


そういえば、当時のジャケットも肩まで出てましたね。いや、それっぽく撮れれば大丈夫だったんですけど。

「いやぁ、撮影で脱ぐんだったらもう少し絞っておけば良かったです。ちょっと恥ずかしいなぁ」

いや、恥ずかしい以前の問題で、この会議室で裸になったの、倉科さんが初めて…。

おおぅ。

子供の頃とそっくりな鋭い眼差し。むしろ成長して、まるで平成の武士のような精悍なお顔つきに!
小学生だった彼が立派に成人し、こうしてまたジャケット風の写真を撮らせてくれたことに感無量です。


楽しかった時間は時が過ぎるのも早いもので…1時間の予定だったインタビューが、
なんだかんだで2時間オーバー。撮影の時の思い出話や『俺屍2』に関する逆質問タイムなど、
素敵な時間はあっという間に終わってしまいました。


最後に、将来やりたいことがあると言っていた彼の夢を聞かせてもらいました。

「僕は今、農業を学んでますし、食べることが好きということから、食物を作る分野に興味があります。
美味しくて安全で、皆が喜んでくれるような日本のブランド野菜も興味ありますし、
あとは海外青年協力隊での農業従事とか、とにかく残りの大学生活を使って、
いろんな可能性を探って、そこから追求してみたいことを見つけられたらな…と思っています」

まだまだ模索中と謙遜するものの、若さ溢れた力強い言葉。
なんだか倉科さんの話を聞いていると、こちらまで元気が出てきます。

日本の良さを世界に…という点では『俺屍』チームも一緒です。
ゲームと農業はぜんぜん違うけど、人々を笑顔にする仕事というのも共通点。

道は違えど見せてやりましょうよ、『俺屍』に関わる僕らの力! 日本の魂!









じつはこの日誌の企画のために、永嶋先輩が当時の関係者の皆さんの連絡先を確認したところ、
すでにお亡くなりになっている方が何名かいらっしゃったそうです。
それも、とてもお亡くなりになるような年齢ではない方も。


すなわち14年という歳月は、それだけの時間が過ぎ去っているものなのだと改めて実感しました。
それゆえ毎日を一生懸命生きるというのは、本当に大切なことなんだと。


亡くなられた方々には謹んでお悔やみを申し上げるとともに、
14年経って、立派に成長した倉科さんと僕らを出会わせてくれた幸運に感謝いたします。


初代『俺屍』が登場して来年は15年。ついに『俺屍2』発売の年となります。
まさかジャケットの男の子がプロボクサーになっていたのも驚きですが、
来年は僕らも皆さんを驚かせることができるように頑張ります。


倉科さんとは近々またお会いする場を設けることを固く誓い、本日はお別れしました。
彼ももはや『俺屍』チームの仲間です。
本当に素敵な青年になっていたのが、チーム一同心から嬉しかったです。


いやぁ、でも、今日は福圓さんの収録から倉科さんのインタビューと、日誌といいながら
ネタを2回に分けるほど充実した一日でした!


「あー、間に合わなかったぁぁぁ!」


すっかり存在を忘れたときに、息を切らして走ってきたのは永嶋先輩でした。
先輩、最後どこ行ってたんですか? もう倉科さんも桝田さんも帰っちゃいましたよ。


「いや、さっき撮った写真をね、ちょっと加工してこれ作ってみたんだけど…。
本人に見せたかったけど間に合わなかったかぁ! よければ日誌に載せてみてよ!」


これは…


先輩、いつも日誌で適当にバカにしててごめんなさい。


すごく粋なお仕事じゃないですか…。

時を越えて実現した、夢のジャケットです!

別れがあっても人はまた出会えるんですね、今年最後に素敵な思い出ができました。

制作チームの諸先輩方、日誌をご覧の皆様、来年も宜しくお願い致します。


















ちょっと感動的な気分で書いてましたが、すみません。

いつものノリで今年最後の悪ふざけを…。


倉科さんの成長には驚かされましたが、そもそも10年以上時間が経つと人はどう変わるのか?


桝田さんと永嶋先輩の激レア写真で今年をそっと締めようと思います。

↑有効期限の切れた桝田さんのパスポートに載っていた衝撃写真。
恐らく20年くらい前。タイトルをつけるとすれば「Dr.ス●ンプ桝田さん」。
今より大きなメガネなのは、当時外出する機会も多くて、花粉症対策だったそうです。

↑今年最後に粋な仕事をした永嶋先輩の20年前から粋な写真。
グランド・キャニオンだそうです。戦隊モノみたい。
青春の思い出とともに、キャニオンに髪を脱ぎ捨ててきたそうです。

人って変わるから面白いんですよね(笑)
お二人は今の方が断然カッコいいなぁ。

ではまた来年!

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