リゼルクロス -SPECIAL / スペシャル - プレストーリー レイファ編


ロープはふたりの絆 / プレストーリー・レイファ編

 『リベール曲技団』は世界中を旅して回る小さなサーカスだ。私もレイファもそこで育ち、幼い頃からジャグリングやマジックや曲乗りの技を身につけてきた。私たちはいつもペアを組んで演じる。ジャグリングも曲乗りもすべてレイファとのコンビネーションで見せる技だった。幼い私たちのパフォーマンスは、花形である空中ブランコなどと並ぶ曲技団の人気の出し物になった。でも私が15歳、レイファが14歳になった今、幼さを売りにすることは難しくなってきたため、私たちは新たな技をマスターすることを求められていた。もちろん、これまでの技をより高度にしていく方向があって、いずれは危険なナイフ投げも習得するつもりでいるけれど、団長さんはやはり見た目が派手なアクロバットに取り組むことを勧めた。
 私たちは、天井から下げられたロープにつかまり、自在に宙を舞うパフォーマンスに挑戦することにした。稽古をつけてくれるのは、この「吊りロープ」を長年演じてきた私の母だ。

 足をロープにからませ、両手を離してコマのように回転する技の途中で、レイファはバランスを崩して足がロープから外れた。レイファの体は下に張ってある防護ネットの端でバウンドすると、そのまま床に転げ落ちた。
「レイファ!」
すぐに母さんがレイファに駆け寄った。
「イタタタ……」
「大丈夫? ケガはない?」
 レイファは少し咳きこんだが、すぐに笑顔を見せた。
「だ、大丈夫。エヘヘ、速く回転し過ぎちゃったかな」
 母さんがホッと息をつく。
「そうね、足のフックが弱かったわね。大事なのは、空いている手でちゃんとスピードを調節すること」
「そっか……」
「だから、もうちょっと低い所で練習してからにすればって言ったのに」
 私が言うと、レイファは立ち上がり、体の無事を確かめるようにゆっくりと腰を回した。
「上でももうできそうな気がしたんだけどなあ」
「まだ下でだって完全にマスターしたわけじゃないじゃない」
「だって上でやった方が緊張して集中するから、早く覚えられそうなんだもん。そうだよね、お母さん」
 レイファは母さんのことを「お母さん」、私のことを「ジーナ姉さん」と呼ぶ。でも、私たちは本当の姉妹じゃない。レイファは赤ん坊の頃に両親を失くして、この曲技団に引き取られた子だ。そんなレイファを自分の娘のように育てたのが父さんと母さんだった。私にとっても、物心ついた時にはもう一緒に暮らしていたわけで、レイファは妹同然だった。
「そうね……でも、やっぱりもう少し下で練習してからにしようか。あんたは度胸があるのはイイんだけど、技を覚えるのが早いとは言えないから」
「レイファは昔から怖いもの知らずなのよ。ケガしたら元も子もないんだからね」
 私は姉として諭すように言った。
「ジーナ。あんたは怖がりすぎ」
すぐに母さんが言う。「あんたこそもう上でやってみなきゃだめでしょ。下じゃ十分できてるんだから」
「でも……まだもうちょっと練習してから……」
「まったく、あんたはレイファとは反対で、技を覚えるのは早いくせに度胸がないんだからねえ」
「ちがいますぅ、慎重なだけだもん」
 昔から、ずっと同じことを言われてきた。
――ジーナは技の習得は早いが心が弱い。逆にレイファは技の習得には時間がかかるが心が強い。だから稽古で光るのはジーナだが、本番に強いのはレイファ。
 自分でわかっているだけに、人から指摘される度にイライラした。
「ハンナ」
 父さんがテントの中に入って来て母さんを呼んだ。深刻な顔をしている。
「どうしたの?」
「クオが連れ去られた」
「え? どういうこと!?」
「エサをやっていた時に、ドーソンが何者かに襲われたんだ。後頭部を殴られて気絶して、気づいた時にはもうクオはいなかったそうだ」
 クオとは曲技団で飼われているヒョウの子どもだ。曲技団には他にも熊とチンパンジーと馬がおり、馬以外はすべてショーに出演する。ドーソンはその動物ショーを担当する団員のひとりだった。
「ドーソンは無事なの?!」
「ああ、命に別状はないようだ。いま医者に診てもらってる。それで、誰か怪しい者を見てないか? ドーソンはいきなり後ろからやられたせいで、何も見てないんだ」
「ううん、特に気づかなかったわ。あんたたちは?」
 私もレイファも首を横に振った。ずっとテントの中にいたから外のことはわからない。
「そうか……まだそれほど時間は経ってないんだがな」
「これから初日の幕が開くっていうのに……どうするの?」
 母さんが訊いた。
「何人かがクオを捜しに向かった。地元の警察にも連絡してある」
「私たちも捜しに出た方がいいかしら?」 「いや、もう暗くなるし危険だ。それに本番まであまり時間がない。君らはショーのことだけ考えてくれればいい」
 父さんはそう言ってテントから出て行った。
「どうして、クオを……」
 レイファがつぶやくと、母さんが言った。
「そう言えば昔もいたわ、ここの動物を盗み出そうとしたのが。その時は未遂に終わったけど、犬や猫じゃ満足できない動物好きの金持ちに売ろうとしたらしいわ」
「ひどい……」
「ちょっと私、ドーソンの様子を見てくるわ。後は自分たちでやってて」
 母さんもテントから出て行った。
「クオ、かわいそうに……」
 レイファが心配そうにつぶやく。
「うん、無事に戻って来るといいけど……」
 それでも、レイファは気を取り直して言った。
「ジーナ姉さん、さっきわたしが失敗したのやってみてくれない? 足のフックと腕の動きを見て、姉さんみたいにうまくなりたいの。下でやってくれていいから」
 その言い方にカチンと来た。
「母さんも言ってたでしょ。もう上でできるわよ。でも、今日はイヤ。今は本番でやることをおさらいしておきたいの」
 私はジャグリングの道具を取りに向かった。本当は、吊りロープを上でやるのがまだ怖いからだけど……

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   

 背中に担いだズタ袋の中の子ヒョウは、眠らせてあるのでおとなしいもんだった。しかし、子ヒョウと言ってももう赤ん坊ではないため、結構重い。それでも運んで行くのは、コイツをギルティ・ヘブンのローゼンの所に持って行けば、顔つなぎの土産として十分役に立つからだ。
ローゼンは「ギルティ・ヘブン」と呼ばれる無法者たちの町で一、二を争うマフィアのボスだ。そして、自分をその立場に似つかわしく飾り立てることが大好きな男である。普通の人間は持っていないヒョウをペットにできるとなれば、飛びつくにちがいない。まあ、これが俺の今のボスのギルモアに知れたらただじゃ済まないだろうが、そのへんはうまくやるつもりだ。このボルク様は、ギルモアのヒットマンで終わる男じゃない。大体ヒットマンと言っても、俺に命じられるのは、抗争相手の猛者や幹部ではなく、ギルモアへの借金を踏み倒して逃げたヤツや、上納金を持ち逃げしたヤツのようなクズばかりだ。これじゃ、いくら殺してもファミリーの上へはいけない。
 それに、ギルモアもギルティ・ヘブンの縄張りを広げてきてはいるが、所詮、山賊あがりの新興マフィアで、トップは取れないと俺は踏んでいる。いざという時のために、保険を掛けておいた方がいい。そのキッカケがこの子ヒョウだ。
 俺はズタ袋を下ろし、道の端にある岩に腰掛けて休みをとった。満天の星空に満月が輝いている。おかげで、灯りがなくても夜道を歩いていられた。
ちょうどタバコを吸い終わった時だった。バカでかい彗星が飛んで来て、いくつも上空を通り過ぎて行った。思わず避けるように頭を下げたほどだった。
「何だよ、今のは……」
 その時、ズタ袋が凸凹と動き出し、中からうなり声が聞こえてきた。どうやら子ヒョウが目を覚ましたようだ。暴れられては面倒だと思い、もう一度麻酔を打とうと結び口に顔を近づけた時だった。いきなり顔に激痛が走った。鋭い爪が袋を破り、俺の額から頬にかけて大きく切り裂いた。痛みにのた打ち回る俺の目に飛び込んできたのは、見る見る巨大化していくヒョウの姿だった。いや、もはやヒョウとは言えない。全身の毛が伸びて金色に輝き、手足の末端が肥大化していた。さらに前足が異常に長く伸び、後ろ足で立ち上がり出した。その背丈は俺をはるかに越えており、真っ赤になった目で俺を見下ろした。俺は慌てて拳銃を取り出し、震える手で続けざまに発砲した。しかし、ヒョウだった怪物は少しのけぞるだけで、まったく効いている様子はなかった。俺は恐怖のあまり、叫び声を上げながら元来た道を逃げ出した。
夜道に人の姿はなく、怪物は執拗に俺の後を追って来た。顔からしたたり落ちる俺の血の匂いを嗅いでいるのかもしれない。唯一助かったのは、二足歩行になったことで、怪物の走るスピードが遅くなっていたことだった。
 結局、俺は曲技団がいる村まで戻った。しかし、人の姿はほとんどなかった。おそらく、村人たちはみな曲技団を観に行ってるのだろう。俺もテントへと向かった。あそこへ行けば、俺の身代わりが大勢いる。
いきなり顔面を血で真っ赤に染めた男が駆け込んできてステージに乱入したのだから、騒然となるのは当然だ。まだ十代半ばと思われる娘二人が、距離をとって互いにジャグリングをしているところだった。娘たちは動揺しながらも、何とか続けようとしていた。すぐに、俺を排除しようと中年の男女を先頭に団員たちが駆け寄ってきた。しかし、それは場内から上がった悲鳴に止められた。俺に続いて怪物がテント内に現れたからだった。娘たちの動きも止まった。怪物は客で埋まった場内を見て、耳をつんざくような咆哮を発すると、ステージの中央へと進み出した。
「ハンナ、逃げろ!」
 中年男が叫んだが、呆然として動けない中年女が怪物の長い手でなぎ払われた。女の体は宙を飛び、テントを支える支柱に激突して落ちた。
「母さん!!!」
 ジャグリングをしていた娘のひとりが叫んだ。母親はピクリとも動かない。
 観客たちは悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。出入り口に人が殺到し、パニックになった。しかし、俺は安堵していた。
――これで俺は助かりそうだ。
 俺は怪物の視界から外れる位置へ身を隠した。
 怪物は続いて母親を殺された娘に近づいて行った。娘は顔を引きつらせたまま動けない。
「ジーナに近寄るな!」
 中年男がショーで使っている脚立を両手で持ち、怪物の背中に思いきり叩きつけた。しかし、脚立が砕けただけで怪物はビクともせず、振り返って中年男に頭から噛みついた。怪物はそのまま男を持ち上げ、ブルブルと振り回してから口を離した。男は観客席の中に投げ込まれた。おそらく即死だろう。
「イヤーーーーーッ!!!」
 娘の絶叫が響いた。怪物は娘を見下ろした。
「ジーナ、逃げて!!」
 もう一人の娘が叫んだ。しかし、ジーナと呼ばれた娘は動けない。怪物はもう一度咆哮すると、牙をむいてジーナに襲いかかった。ところが、もう一人の娘がジーナを突き飛ばし、身代わりとなった。怪物はもう一人の娘の左肩に噛みついた。
「アーーーーッ!!」
 娘が叫び声を上げる。
「レイファ!!!」
 その時、信じられないことが起きた。レイファと呼ばれた娘の体から、赤い炎が立ちのぼり、すぐにそれが怪物へと引火した。炎に包まれた怪物はレイファから口を離し、地面を転げ回って暴れた。レイファは気絶してその場に倒れた。怪物を包む炎はさらに燃えさかり、やがて怪物は動かなくなった。
「レ、レイファ……」
ジーナがレイファに駆け寄り、抱き起こした。そして、母親と中年男の死体に目を向け、何度も何度も悲痛な叫びを上げた。
 俺は宝物を発見した時のような興奮を感じていた。怪物を燃やし尽くした炎は、確かにあのレイファという娘が発生させたものだった。なぜだかはわからないが、レイファは自分の体から炎を作り出すことができるのだ。あの娘はヒョウの子など比べ物にならないほどの、まさしくお宝だ。レイファをギルティ・ヘブンに連れて行けば、ギルモアだろうがローゼンだろうが、かなりの見返りを用意して引き取るはずだ。
このゴタゴタの中、レイファを連れ去るチャンスは必ずある。俺はひとまず顔の傷の手当ができそうな場所を探した。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   

 気絶したレイファを抱きかかえてからの記憶がなかった。気づいたら、私は楽屋に並んで安置された父さんと母さんの遺体の前に座っていた。
「父さん……母さん……」
 二人とも、私を助けようとして犠牲になった。哀しみがあふれ出し、私は遺体にすがりついて泣いた。突然、家族を奪われてしまった。私にはもう――
「……レイファは?」
 私の身代わりになってしまったレイファはどこにいるのか。私は立ち上がり、楽屋を出た。足元がフラフラしておぼつかなかった。
――どうか生きていて。
 私は祈りながらレイファを捜した。

 別の楽屋に、白衣を着た男の人がうつ伏せに倒れているのを見つけた。
「うう……」
 私は立ち上がろうとする男の人に手を貸した。こめかみのあたりから血が流れていた。
「大丈夫ですか!? お医者さんですよね?」
「そうだ……肩をケガした女の子を治療してたら、顔に包帯を巻いた男がいきなり入って来て……」
 顔に包帯――血まみれの顔でステージに乱入してきた男にちがいない。
「大きなナイフの柄で私を殴りつけ……気を失ったままの女の子をかついで連れ去ってしまった……」
「レイファを……!」
 レイファが生きてることがわかったのは良かったけど、どうしてさらって行ったのか。私は急いで表に出た。

 動物たちを運ぶための荷車が、二頭の馬に引かれて目の前を走り去って行った。荷車の先で手綱を握っていたのは、顔に包帯を巻いた男だった。
――レイファはあの中だ!
わざわざ荷馬車で逃げたのは、中にレイファを閉じ込めたからにちがいない。荷車はひとつの小屋のようになっていて、外からは簡単に開けられるが、中からは開けられないようになっている。
父さんも母さんも死んでしまった。ここでレイファまで失ったら……私はもう生きていけない。絶対に――絶対にレイファを助け出してみせる。
私は荷車を追うため、馬がつながれている場所へ走った。

 白々と夜が明け始めていた。レイファを乗せた荷車はまだ見えてこない。もしかして違う道を来てしまったのだろうか? ううん、レイファはきっとこの先にいる、そう信じて走り続けよう。
「お願いよ、レイファのところに連れて行って……!」
 私は馬に語りかけた。

 あの怪物はレイファが出した炎にまかれて死んだ。でも、レイファが炎を出すのを見たのは久しぶりだった。子どもの時からレイファは炎で遊んでいた。赤、青、緑――さまざまな色の炎を出した。熱くない炎もあった。炎だけじゃない。風を起こし、水を自在に操ることもできた。何でそんなことができるのかはわからない。レイファ自身にもわかってないのだから。
 でも5年前の9歳の時、レイファが出した炎が曲技団のテントに引火して火事を起こしてしまったことがあった。すぐに消し止めたられたので大きな被害にはならなかったけど、レイファは相当のショックを受けていた。それ以来、レイファは炎を出すことを止めてしまった。きっと、あの怪物を燃やした炎は無意識のうちに出たのだろう。

 峠の山道の先に、レイファを乗せた荷車が止まっているのが見えた。
「いた……!」
 私は見つからないように離れたところで馬を降り、ゆっくりと木々の間を歩いて近づいて行った。
 回り込んで見たけど、男の姿はなかった。水でも汲みにいったのかもしれない。
 私は荷車の後ろに回り、かんぬきを外して扉を開けた。レイファが身構えるように奥の壁際に立っていた。左肩には包帯が巻かれている。
「ジ、ジーナ……!?」
「レイファ!」
 私たちは駆け寄り、抱き合った。
「どうして?!」
「助けに来たの。話は後にしてすぐに逃げよう。今なら大丈夫だから」
 私たちは荷車を降りて走り出した。しかしその時、男が戻って来てしまった。
「ク、クソッ! 止まれ!」
 男が1発拳銃を撃ったけれど、私たちはひるまず馬を留めてある場所へと急いだ。
肩が痛むのか、走るレイファの顔は辛そうだった。
 木に結んでおいた手綱をほどき、私は馬にまたがった。すぐにレイファの右腕をつかんで私の後ろに引っ張り上げ、腹を蹴って馬を走らせた。

 振り返ると、馬に乗った男が追いかけて来るのが見えた。荷車は外されていた。
 しばらく男との競争が続き、次第にその距離が縮まっていった。
 男は再び発砲した。何発目かの銃声がした時、私たちの乗ってる馬がいななきをあげながらもんどりうって倒れた。私たちは地面に投げ出された。私は痛みをこらえてすぐに立ち上がり、レイファの右腕を引っ張って森の中へと逃げ込んだ。走りながら振り返ると、男が銃を構えているのが見えた。でも、銃声は聞こえてこなかった。弾を撃ち尽くしてしまったようだ。

 私たちは男が近づいて来ている気配を感じながら、あてのないまま森の奥へと進んだ。
「がんばろう、レイファ」
 私はくじけそうになる気持ちをレイファを励ますことで何とか支えていた。
「うん。ここまでジーナ姉さんが助けてくれたんだもん。絶対に逃げ切ろうね」
 しかし、森が途切れた所で私たちの足は止まった。そこは切り立った深い谷になっていて、ロープと木の板だけで作られた古い吊り橋が架けられていた。距離にして20メートルぐらいだろうか。踏み板がところどころ欠けていて、今にも崩れ落ちそうな感じがした。谷底ははるか下にあり、巨大な岩の間を細い川が流れている。  森の奥から枝の折れる音が聞こえてきた。男はすぐそこまで来ている。躊躇してるヒマはなかった。私たちは手すりのロープにつかまりながら、板を踏み抜かないよう慎重に橋を渡り始めた。
 橋を1/3ほど進んだ時、男が姿を現した。ニヤリと笑って、男は橋を歩き出した。しかし、すぐに板を踏み抜いて落下しそうになった。吊り橋が揺れ、私たちも強く手すりを握った。男は必死にロープにつかまり、何とか橋のたもとに戻った。
「クソッ!!」
 男の吐き捨てるような声が聞こえた。
真ん中あたりまで来た時、橋のバランスが大きく崩れ、私たちは手すりのロープにしがみついた。振り返ると、男が大きなナイフでたもとの部分のロープを1本切断したところだった。
「このまま逃げられるくらいなら、ここでぶっ殺してやる! ハハハハ!」
 男は狂ったように笑いながら、再びロープを切り始めた。
「レイファ、しっかりつかまって!」
 私たちは、手すりと足場を結んでいる細いロープの部分を、腕を巻きつける形でつかんだ。「吊りロープ」をやる時と同じように。
 2本目のロープが切断されると同時に残りのロープがすべて切れ、吊り橋は反対側の崖に向かって急降下した。私たちは崖に激突したが、何とか落下せずに踏み止まった。でも、もうロープを上っていく力は残ってなかった。ましてレイファは左肩をケガしていて、つかまっているのもやっとの状態のはずだ。 「もう、力が出ないよ、レイファ……」
 そう口に出したら、今までこらえていた涙が出てきた。心が折れかけていた。
「姉さん、諦めないで! 方法はあるわ!」
 レイファは上にいる私に向かって叫んだ。
「無理よ……レイファだって、そのケガじゃ……」
「わたしが風を起こすわ! 姉さんはその風を利用して、このロープを揺らして! いつも練習でやってるように!」
 私は「吊りロープ」の技を思い出した。
「大きく振り子のように揺らしたら、崖の上まで行くはずよ! そしたら、着地できるように私が風の方向を変えるわ!」
「でも……」
 私は下を見た。曲技団でやるのとは比べ物にならないほどの高さだった。恐怖心がこみ上げてきた。
「大丈夫、二人で力を合わせればきっとできる! わたし、姉さんを信じてる!」
「レイファ……わかったわ。やろう!」
 レイファは目を閉じ、口の中で何かつぶやいた。すると、かすかに風が吹き始め、それは次第に強いものになっていった。私はその風に乗るように体重をかけ、ロープを揺らせていった。私たちは振り子となり、大きく何度も左右に揺れた。そして、その揺れが崖の上まで到達した時、森の方向に向かう突風が吹いた。私たちの体はドサリと崖の上に落ちた。
 私とレイファは顔を見合わせた。
「レイファ……」
「姉さん……」
私たちは這うようにして近づき、強く抱き合って泣いた。
ひとしきり泣いた後、ようやく体を離してレイファが言った。
「わたし、絶対に忘れない。ジーナ姉さんが命がけでわたしを助けてくれたこと。絶対に忘れないからね……!」
「助けられたのは、私が先よ……でも良かった、レイファが戻って本当に良かった……!」
 もう一度、強く抱き合った。
ふと顔を上げると、反対側の崖で男がガックリと膝をつくのが見えた。
「姉さん」
「うん?」
「これでもう、『吊りロープ』を上でやっても大丈夫だね」
「フフフ、もちろんよ、任せて」
 私たちは笑い合った。
「さあ、もう曲技団に帰ろう……ここがどこかわからないけど」
 私は周囲を見回しながら言った。
「大丈夫、二人ならすぐに帰れるよ」
 レイファが言い、私たちは手をつないで森の中へと歩き出した。
[END]