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3. イシュレニア帝国とアスヴァーン王国

こんにちは。バランドール王国:歴史考察特派員のエルシィです。

“ドグマ戦記”が私達の想像を遥かに超える大きな戦争であった事は、以前のレポートでも少し触れましたが、今日はその“ドグマ戦記”をもう少し掘り下げた形で歴史を紐解いていきたいと思います。
聖王“ファルシオス”の死後、“ドグマ戦記”に至るまでの間にどれ程の年月があり、戦争がいつ終結されたのか。といった具体的な年数は明らかにされていません。
しかし“ドグマ戦記”と呼ばれたこの戦争は、実に数百年間続いた。という記録が残されています。
数百年も続いた戦争ですから、大地は疲弊し、民は疲れ果て、世代交代を繰り返しながら、その地獄の様な生活は、いつ終わるのかすらも見えない状態のままに、延々と受け継がれていったのだろうと推測されます。
休戦状態だとはいえ、今の割と平和なバランドール王国からはあまり想像がつきませんね…。

皇帝マドラス戦争を起こした根源となる国は、当時この大陸で繁栄を誇ったイシュレニア帝国とアスヴァーン王国の二国でした。
今では地図上からこの2大強国の名前を確認する事はできませんが、イシュレニア帝国は当時、首都を空中に浮かべる程の技術を誇る国で、今の文明レベルよりも遥かに高い技術を持っていたのではないか? と言われています。
ちなみに現在に伝わる技術のほとんどは、このイシュレニアの文明が根本になっているそうです。
一方のアスヴァーン王国は、魔法や呪術に長け、文明の力よりも自然との共存を主とする国だったと言われています。
“ドグマ戦記”の発端となった経緯は、歴史に残されていませんが、この二国が、数百年間、大陸を二分する戦いを繰広げたのは確かです。

“ドグマ戦記”末期。当時のイシュレニア皇帝はマドラスという名の覇王で、彼は歴代イシュレニア皇帝の中でも、群を抜いて武力、知力共に長けた存在でした。
実は前回のレポートでも触れた“シンナイト”も、イシュレニアの兵器だった。と記録されており、それを生み出したのも、皇帝マドラスであったと伝えられています。
同じ時期、アスヴァーン王国を率いていたのはミューレアスという名の女王でした。
ミューレアス女王彼女もまた、歴代のアスヴァーン王族の中でも特筆した魔力と美貌を持ち、当時のアスヴァーン王国内での彼女の支持率は大変な物でした。
二国でそれぞれ同じ時期に、歴代最高と称えられた王が即位する事により、戦争は大きく収束に向かいます。
当時、シンナイトを操るイシュレニア帝国の快進撃は止まる事を知らず、数百年間、平行線を辿っていた両国の均衡は、一気にイシュレニア帝国側に傾きます。
一方のアスヴァーン王国側も度重なる敗戦で大きく疲弊し、もはや反撃の糸口を見つける事すら適わず、誰もが“戦争の終結は秒読み段階である”と確信していた模様です。

しかし、歴史を追うと、戦争の終結は劣勢であったアスヴァーン王国の勝利で終わっているのです。
もっともそのアスヴァーン王国も、戦争の終結とほぼ時を同じくして滅亡の道を辿っているのですが…。
イシュレニア帝国の圧倒的な優勢から、アスヴァーン王国がいかにして勝利をもぎ取ったのか。
そして勝利者であるアスヴァーン王国は、なぜ滅びの一途を辿ったのか。
…そもそも今に伝えられているこの歴史は本当に正しいのか? と記録そのものを怪しむ歴史学者も少なくありません。
明確に記されている記録も、今となっては残念ながらほとんど残っておらず、各地に残された断片的な古文書、遺跡、史書や伝承を無理やり紡いでいくのが正直な所、精一杯なのですが、次回以降、私の自己解釈を交えながらになりますが、更に深い歴史を追っていこうと思います。

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